戦争反対
(2022年2月25日にNoteに書いた記事です)
ロシアがウクライナに対する侵略を始めました。
正しい戦争なんてどこにもない。
あらゆる戦争に反対します。
ロシアと領土問題で揉めている国、すごく身近にあるよね?
明日は我が身で考えないと恐ろしいことになる。これで敵地先制攻撃なんて言ったらどうなるか。犠牲になるのはいつも庶民。
2022年にもなって露骨な侵略戦争が始まってる。
誰かが声を上げるのを待ってないで、とりあえず周りの出方を観察してないで、あなたが声をあげようよ。
どうせ一人一人には力がない、声をあげても意味がないと社会に思わされているだけ。一人の人間として社会に意見を表明することはとても大事だ。それが本来の民主主義だ。
そして、ここでわざと強さや攻撃性を誇示する人なんて、絶対に信用をするな。力の誇示が暴走して侵攻を始めたのが今のロシア、プーチン大統領の姿なのだから。
21世紀に戦争はいらない。
奈良美智さんとお話できた
(2022年2月1日にNoteに書いた記事です)
なんと憧れの世界的な美術家、奈良美智さんとclubhouse(音声アプリ)でお話しできました。
僕は奈良さんがやっている「真夜中のロック部」というTwiter上の配信ラジオの部員なのですが、その放送後に奈良さんがclubhouseをやっていてリスナーとして聞いていたら、なんと奈良さんの方からインバイトしてくれてお話できました。
まさかあの奈良さんとお話できるなんて。。
しかも奈良さんの方から「絵描いてるんだよね?」って言ってもらえたの嬉しかったなあ。
そして「どれくらい大きな絵を描いたことある?」と聞いてくれて、僕は壁画以外は50号くらいまでしか描いたことがないのでそう話したら、ロールキャンバスのようなものに大きな絵を描いて、好きな部分を切り取ってそれを作品にしていい、っていう話をしてくれました。
そして奈良さんと言えば美術なのに、
「今日の配信で一番良かった曲は?イースタンユースのライブに行ったことある?」なんて聞いてくれて、こんな話が出来る近さと嬉しさ。
それに奈良さんがCDジャケットを描いているbloodthirty butchersの話も。
僕も元バンドマンで音楽好きだから共通の話題がある有り難さ。普通こんな話できないと思う。本当に温かくて素晴らしい人なのを再確認した。
ほんと宝物にします。これからも背中を追いかけます。
最後にclubhouseを閉じる前に「何か質問ある?美術のことでも、そうで無いことでも良いですよ」と言ってくださったけど、咄嗟すぎて「質問考えておけば良かったです」なんて僕は言ってしまって、そのまま話が終わってしまったのは少し悔やまれるけど笑
実は去年の六本木の展示の時もちらっとお会い出来たんだけど、こうやって僕のことを絵描きとして認識してくれて、またいつかお会いできた時に、いつも奈良さんの言葉や作品、人間としての姿勢に励まされていたことを、直接お礼を言いたいです。
とにかく素敵な時間を共有してくださったことに感謝します。
奈良さんはこれからもずっと、僕の憧れのアーティストです。
奈良美智さん、本当にありがとうございました。
育ちの傷に向き合う
(2021年12月4日にNoteに書いた記事です)
節々で僕が抱えるものや生きづらさについて書いてきましたが、ここ2〜3年くらいでやっと自分が幼少期に虐待による受けたトラウマ、育ちの傷に向き合えるようになりました。
親がやっていた宗教の影響や、その後はまってしまった質の悪いスピリチュアルの影響とかで随分遠回りしましたが、この社会は問題の本質を見させない罠ばかり。
自分がいかにひどい環境で育ち、両親の不仲の八つ当たりの的にされ、心を壊され、その後ずっと人間としての土台が壊されたまま生きてきたか、40年も時間がかかってしまいました。
特に母親の劣等感から来る嫌味に散々自己肯定感を壊され、昔は父も恐怖で子どもを操る人間だったので、僕には身近な両親という感覚が全くありません。
だから当然絶縁しました。
最近になってこの心理的虐待の後遺症から来る,適応障害がひどくなってしまい、たまにバイトをしたりするのも厳しくなってしまいました。
ずっと不安定な生活をしてきたので、だいぶ心が疲弊してます。
そんな中こちらの状況を分かっているのに、わざわざモラハラしてくる最低野郎も少なくなく、生きることのハードルが上がってしまいました。
もちろん生きること、描くことは諦めません。
こういうことを書くと、よく年長者の人に「頑張ってください」と言われてしまうのですが、本当に迷惑です。十分人生が壊れるほど頑張って生きてます。
全ては愛、とか、それはエゴです、だとか言う頭の悪すぎる扇動家、詐欺師にもうんざりしてます。
両親も大変だったとかいうこちらの苦労を台無しにする発言も。
自分がこういった問題を抱えていても、ほとんどの人がこうやって真っ向から向き合えないのも分かりました。もしくは自分の闇を誤魔化して他人を叩いたり、醜いヘイトに走るのばかり。
多様性を語るなら、僕という個を尊重して下さい。あなたの都合の良いエモさで回収せず、僕という人間の人権、尊厳を尊重して下さい。
僕に何かしてあげたい、助けたいと思うなら、僕の絵を買ってください、僕に絵のお仕事をください。
俺はお国のためとか、お前らの体裁や成果、利益のために生きてるんじゃない。
大切なものを奪われてしまった人たちへ
(2020年3月28日にNoteに書いた記事です。)
少し思いついたので雑記。
子どもの頃に好きだった土地から急に引っ越すことになってしまったり、
大好きな人や友達と急にお別れしなくてはならなくなったり、
自分の気持ちを受け止めて欲しい相手に無視されたり、ひどい言葉を浴びせられて拒絶されたり、
これらの体験って胸の奥に物凄い心の傷となって残るし、大人になってからも何かうまく生きていけないとか、人間関係や恋愛、仕事がうまくいかないとか、かなりの弊害になったりします。
って、僕自身がこういうものを長く背負って生きてきたから言えるんです。
で、もしこれを読んでいる人の中にこういうつらい経験をしている人がいたら、それはあなたは悪くないよと言いたいです。
子ども時の体験、特に10歳くらいまでの体験が人間としての一生の土台を作るものだと思います。
逆を言えば、その頃の自分に人生の物凄いヒントがあったりします。僕だったら10歳くらいから物凄い勢いで絵を描き始めました。
そして、こういう生きづらさや、自分にしか分からない悲しみを一人で背負って生きるのはとても苦しいことなので、味方になってくれる人を探してください。たくさんの仲間は必要ないので、本当に自分を理解してくれる人を探すこと。
心の傷はどうしても自分を孤独に追いやってしまうので、寂しさから間違った判断をしてしまったり、自暴自棄になったり、寂しさが原因で道を踏み外してしまうこともあります。寂しさから人間は道を間違えます。
ただ、そうなってしまったあなたは何も悪くないのだから、どうして自分が生きるのが辛いのか、生きることがうまくいかないのか、子どもの頃をよくよく思い出してみてください。
きっと、好きなことをやっていたのにそれをバカにされたとか、親から否定されたとか、大好きなものを急に奪われた、大好きな場所から離れないといけなくなったとか、原因があるはずです。
だいたいが親や大人の都合で、子どもの心が深く傷いてしまうのは悲しい事実です。
僕の場合は10歳と中学になる頃の二度の引っ越し、友達がいなくなり自信を失ってしまった時に、親が味方してくれなかったり、お前が悪いと責められたことが、親への不信や恨みになっていたと思います。
子どもにとって親は、生まれて初めて接する社会的な対象なので、そこでの関係につまづくと一生他の人との関係作りでも支障が出てしまいます。
これも僕は嫌というほど経験しました。そこで友達や他者からお前はおかしいと責められてしまうとさらに自信を失ってしまうのが本当につらいです。
ただ、その頃の子どもの自分って、大人になっても間違いなくあなたの胸の奥で生き続けているので、その時の辛かった感情や寂しかった感情を思い切り感じてみてください。
時間はかかるけど、感情を感じたり、時には嫌だったことを書き出したり、人に話したりすることによって、少しずつ自分の中の解放が起こってきます。
これは怪しいスピリチュアルとかオカルトとかじゃなくて、ちゃんと心理学的に証明されていることです。
僕も100%解決したかと思えば、まだの部分があるけど、やっと客観的に自分が生きづらかった原因や、人間関係がうまく行かなかった原因がよくわかるようになりました。そして自分は何も悪くなかったと。
このことに気づくのにすごく時間がかかったので、僕はかなり人生を遠回りしてしまったけど、もし同じ悩みを抱えている人がいたら何か参考になれたら。
こうやって僕の経験を描き続けることによって、少なからず共感してもらえたり嬉しい感想をたまに頂くので、誰かの力になれたら嬉しいです。
必要な人に届きますように。
いのっちの電話を始めました。
坂口恭平さんという人がやっている「いのっちの電話」を僕もやることにしました。
いのっちの電話は、政府が自殺防止の電話「いのちの電話」が4回に1回しかかからないことから、坂口さんが日本から自殺者を無くしたい思いで始めたものです。(坂口恭平さんについてはぜひTwitterやネットで調べてみて下さい)
社会は思った以上にまずい方向に進んでいるのを感じます。社会に取り残された弱者がこのまま見捨てられようとしています。もっと言えば子どもや若い人の自殺が急増している状況です。
僕も自分の心や体のことで長年悩んできたし、子どもの頃から親とうまくいかなかったことや、社会に適応できない、会社等で長く働くことが出来ないことでもとても苦しんで来た一人です。
今でもその悩みは消えませんが、絵を描く活動でだいぶ救われました。少なくとも恵まれて生きてきた人よりも他者への想像力はあるつもりです。
電話をかけて来てくれた人の問題は解決できないかもしれないけど、ずっと誰にも言えなかったことを聞いてあげることは出来ます。また話すことで、苦しみのループから少し抜け出すきっかけにもなります。
僕のいのっちの電話の条件として、、僕が出れる時だけ電話に出る、着信があった時のリターンコールは状況によりけり、でやりたいと思います。世間話や冷やかしはNGです。
番号は、07043059932
孤独でどうにもならない時、苦しくなった時は電話してください。
つれづれ。
よく生きてきた人生。自分は劣等感の塊だ、自分は弱くて無力だ。それを誤魔化さずに自覚しているだけでもまだマシなのかもしれない。
絵を描いて取り戻した自信もあれば、年を取るにつれて失っていくものもたくさんある。なんで自分はいわゆる普通の生活、普通の働き方や生活が出来ないのか、これは画家をやっていてもかなりのコンプレックスだ。
自分がなぜこういう人間なのか、もうかなりの時間向き合ってきた。
少し前まではまだ無理して何とかしていたことがだんだん無理がきかなくなってきて、本来の自分にある残された能力だけで生きていかない状況になってきている。
色々掘り返していくと、ことごとく親との関係、特に親が自分にどう向き合ってきたかということに行き着く。僕の親は本当に子どもに真っ直ぐに向き合えない、そして感情を受け止めることが出来ない。それは親の親もそうだったのかみしれない。
だから僕は我慢するしかなかった、努力するしかなかった、言いたいことがあっても黙るしかなかった。叱られ否定されても一人で耐えるしかなかった。
直接の愛情からのフォローなんて何もしてもらえなかった。親はしているつもりだったかもしれないけど、僕には伝わっていなかった。
そんなまま大人になって、社会でも無理を繰り返したら心なんか壊れる。それが治ってまた努力したところで限界が来る。それを繰り返してきた。
ただそういう自分だから絵が描けるのも事実、きっとこの自分で無ければあの絵は描けない。この悲しい矛盾。
今年は予想しないとんでもない年になってしまって、自分はそんな中本当によく生きてきた。色々トラブルもあったし、それでも何とか乗り切ってきた。
そんな自分がこれからどうやって生きていけばいいのか、まだ不安が大きい。正直孤独に耐え続けるのも限界があるし、どこかで突破口を見出したい。それを信じて絵を描く日々。